たのしい美術館
昨日今日と墓参り。親戚の家に行って叔父叔母に会った。
僕と同年代の従弟もいるがこの日は不在。彼も女っ気のない生活を送っているらしい。親たちがその辺の話をしていて僕のことに波及するのが非常に不快である。
昨年は叔父叔母が不在で墓だけ参って帰ったりしてきたものだから、こういった話題にはならなくて済んだのだが。
ともかく墓参りはこれでいったん終了。
午後から突如思い立って、県の近代美術館に行った。
20世紀の美術が題材の常設展があり、興味深く見られた。ピカソ、ミロ、ウォーホルといった画家がメジャーどころ。僕のように美術史を全然知らないと、ピカソがいつごろの画家なのかさっぱりわからなかったりするものだ。
細野不二彦「ギャラリーフェイク」でこういう一幕があったのを思い出した。
A「この作家はいわば20世紀のピカソですな。今後、価値が上がりますよ」
B「ピカソも20世紀の画家です」
それはともかくこの時期は抽象画とかシュルレアリスムとかキュビスムが盛ん。なんというか、素人目には何が何だかさっぱりわからないものであった。
学芸員の人が説明しながら館内を回る時間帯に運よく当たったため、キュビスムについてどういうものかは把握できた。wikiによると「それまでの具象絵画が一つの視点に基づいて描かれていたのに対し、いろいろな角度から見た物の形を一つの画面に収め」たものであるとのこと。
つまり一つのものに対して、前から見たらこう見えるが、横から見たらこう見えるし、後ろから見たらこう見える、これを全部一枚の絵の中に表したというものだ。パースが狂ったような絵に見えるのは、こうした意図による。
勉強になった。もしかしたら中学高校とかの美術で習ってきたかもしれないが忘却の彼方である。
他にも、ミロ「パイプを吸う男」などは美術の教科書で見たような覚えがあるし、ダリやマグリットの作品には、よくわからんけどすげえという単純な感動を覚えた。
夏休みの課題でもあるのか、中学生か高校生らしき面々がメモを取りながら回っているのが散見された。
一人で来てる女性とかもおり、僕もこういうインテリ(と思われる)女性と一緒に回れたらなあ、なんて願望を軽く抱きながらも声をかけたら警備室に連れて行かれる危機なのでやらないのだった。どこかのおばさんには声をかけられた。
おばさん「すいません、この絵はピカソですか」
僕「えーと、そこの札にはミロって書いてありますね」
おばさん「ああ、ほんとだわ」
…3時間ほど歩き続けて足が若干疲れたので、展示を全部見終わったところで帰った。
今後はたまに美術館に行ってみてもいいかもしれない。
